【TK診療室 3-①】ダウン症候群の精神状況(1)

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以前、ダウン症候群の精神状況について論文化したことがあります。その内容をもう少し詳しく説明をしていこうと思います。医学的なことがたくさん入るため、メモとして分かりにくいものを説明していきます。かなり長くなりますので小分けにしていきます。ご参考にしてください。今後「ダウン症候群の精神状況(番号を振ります)」という題名で進めていきます。なお、これは、無断転載などされないようにお願いします。

 

ダウン症候群の精神状況(1)

 

ダウン症候群(Down syndrome; DS)は、1866年にイギリスの医師であるジョン・ラングドン・ダウン先生(John Langdon Down)により最初に報告され、1959年にフランス人のジェローム・レジューン先生(Jérôme Lejeune )らが21番染色体の過剰を指摘した染色体異常症の中でも代表的な疾患の一つです。21番染色体トリソミーが全体の約95%を占めますが、転座やモザイクを示す例も知られています。医学の進歩などによりDSを持つ人々の平均年齢も60歳を超えるようになり、充実した人生を送るために医療、福祉、療育、教育就労などの連携を含めた支援体制が考慮される必要があります1)。また、21番染色体でもq22.3のDSの臨床主要症状に重要な領域(Down syndrome critical region:DSCR)を中心とした細胞遺伝、分子遺伝の発展やiPS細胞やモデルマウスを用いた検討など基礎的な研究も大幅に進んでいます。

 

1)近藤達郎:ダウン症候群の成育. 小児保健研究 74(6), 781-785, 2015.

 

メモ:常染色体が3本あるものをトリソミー(full trisomy)と言いますが、その中で生まれてくる可能性があるのは21番染色体(21トリソミー)、18番染色体(18トリソミー)、13番染色体(13トリソミー)の3種だけです。これは、遺伝子の数に関係しているのではないかと言われています(もっとも遺伝子の数が少ない染色体が21番染色体、次が18番染色体、3番目に少ないのが13番染色体です。4番目位に少ないのは22番染色体ですが、22トリソミーは生きて生まれてくることはできません。ちなみに人で最も多いトリソミーは16番染色体(16トリソミー)です。染色体は分裂期に顕微鏡で見れる形になります。くびれ(セントルメア)があり、そのくびれから短い部分を短腕(p)、長い部分を長腕(q)と言います。この長腕の一部(q22.3)がダウン症候群の症状に関係しているとされています。この部分が3つあるとダウン症候群の特徴を持つことが知られています。

 

Down症候群の知能

DSの知能指数(IQ)については様々な報告があります。IQへの影響を与える因子として、年齢、核型、性、合併症、養育環境が挙げられます。具体的には年齢が高くなるにつれてIQが下がる傾向、転座型は標準型より高値傾向、男性の方が女性より低い傾向、療育に取り組むと高い傾向、合併症として痙攣発作など脳に影響を与える状況が強いと下がる傾向が示唆されるが、有意差がないとの報告もあります2)。我が国での16歳以上のDS者の鈴木ビネー検査では、男性は29.39で標準偏差9.06、女性は42.40、標準偏差9.59で有意差があり、男女ともに二峰性(小峰、大峰)を示し、それぞれも女性の方が有意差を持って高いという結果でした(男性の高IQ群の平均IQは33.56.6、低IQ群は18.62.9、女性高IQ群は38.15.6、低IQ群は20.63.6)2)

検査法が異なることが関係するのかはわかりませんが、国外での報告ではDS児3) 4)、DS成人5)とも平均IQが50前後と若干高い傾向です。その理由は不明です。IQが高いDSグループと低いDSグループで高処理転写物解析(high throughput transcriptome analysis)を行ったところ、HLA DQA1とHLA DRB1の発現が低IQダウン症者で低下していました6)。今後、DS者の知的状況がどうして二峰性を示すのかなど今後の検討が待たれます。

 

2)南雲直二:16歳以上のダウン症候群者のIQ分布と性差. The Jpn J Psychol 65(3): 240-245, 1994.

3)Yahia S et al. Disruptive behavior in Down syndrome children: a cross-sectional comparative study. Ann Saidi Med 34(6): 517-521, 2014.

4)Carr J: Six weeks to 21 years: A longitudinal study of children with Down’s syndrome and their families. J Child Psychol Psychiatry 29: 407-431, 1991.

5)Breia P et al. Adults with Down syndrome: characterization of a Portuguese sample. Acta Med Port 27(3): 357-363, 2014.

6)Megarbane A et al. The intellectual disability of trisomy 21: differences in gene expression in a case series of patients with lower and higher IQ. Euro J Hum Genet 21: 1253-1259, 2013.

 

メモ:みさかえの園総合発達医療福祉センターむつみの家には数多くのダウン症候群をもつ方々がお出でになります。各種福祉的手続き(障害基礎年金など)では、田中ビネー検査(知能検査)を行うことが多いです。調べてみますと、上述のように2峰性になっておりました。その中で分かったことがいくつかあります。独歩(歩き始めた年齢が生後24か月以下だった方は重度知的障害の方がほとんどおられない一方、24か月以上かかった方は知的状況がかなりばらつきます。そうかといって、早く歩いた子が将来の知的状況と連動するわけでも必ずしもなく、一番早く歩いた方(1歳3か月)と3歳で歩いた方の成人期の知的状況では3歳で歩いた方の方が高かった方もおられます。知能指数は、知的年齢 / 生活年来(今の年齢) x 100 となります(10歳の子が10歳相当の知的年齢を持つと 10/10 x 100=100と100が基準となります)。生活年齢(俗にいう年齢)が高くなればなるほど分母が高くなりますのでIQは下がりますので、16歳以上のDS者のIQを調べた時に年齢(分母)を16に設定したところ30歳くらいまではIQが下がらないことも確認できました。また、本人のやる気に依存して知的年齢に差異がみられることもざらです(やる気が見られないときには当然IQが下がります)。つまり精神状況によってIQも変わりえますし、これが療育手帳の等級に反映されることも容易に想像がつきます。ダウン症者の知能検査は難しいということになりますし、本当の知的状況がどれくらいなのかは簡単ではありません。ただ、二峰性になる理由は本当に分かっていない様です。上述したように、知的状況の差異と脳内の発現蛋白量での検討でHLAの話しが出ています。HLAは6番染色体に位置しておりますので、直接には関係ないように思われますが、もしかしたら上述したトリソミー効果の影響もあるのかも知れません。このあたりは今後の検討に待たれるかと思います。