第9回ダウン症候群医療ケア・フォーラム

ご挨拶

長崎大学病院小児科教授

森内浩幸

 平成18年より、毎年1回バンビの会との共催で「ダウン症候群トータル医療ケア・フォーラム」を開催しておりますが、今回で9回目を数えます。ダウン症候群をもつ方々・ご家族や関係者が集まって情報を共有し、今後につなげていくことを理念として始めたものです。これまで継続することができておりますのも、本フォーラムに熱心に足を運んでいただいている多くの皆様のご支援のおかげと感謝申し上げる次第です。

テーマについては、極力、聴衆の皆様のご要望にお応えしたいと考え、バンビの会の皆様に様々なご助言をいただいています。今回のテーマは、「ダウン症者家族のメンタルヘルス」を取り上げました。私ども小児科医が先天性のハンディを負われたお子様についてご家族に説明する際には「誰かが悪いというわけではない。折角授かった命なので、その子が幸せな人生を送られることや、ご家族にとってもその子がいる家庭が非常に充実したものであることを願っている。そのためにはどうしたら良いかを一緒に考えていきましょう。」といった内容を含めるように心掛けています。しかし、どうしても患者であるお子様に話の主軸を置いて、家族としてその子にそのような対応をしていくのかなどの話をすることが多くなります。その際、ご両親をはじめとする家族が心身ともに健康な状況で、その子に対して万全の対策を講じる力を有していることを、ついつい前提としてしまいます。しかし、我が子が抱えている問題が多くそして重いほど、家族にとっても心配や焦燥感が募りストレスが強くなることは当然です。ご家庭の心身の健康状態とその安定が、患児本人の状況と同じくらいに重要です。そのため、今回はこのような企画を考えました。また、ダウン症候群に限らず多くの方に声をかけています。

これに先立ち、バンビの会の皆様やドネペジル療法ダウン症家族会の皆様にご協力願って「負担度」に関するアンケートをとらせていただいております。今回、午前中開催の第1部では、実際にご家族はどのように思われているのかを発表し討論します。お昼をはさみ、午後からの第2部では遺伝カウンセラー、臨床心理士、精神科医の諸先生のご講演を拝聴して、実際にどのようにしていけばいいのか、皆様方と一緒に考えていきたいと思います。

本日のフォーラムが、今後の生活に少しでも役立てられることを願っております。

家族の負担度アンケート結果について

森藤香奈子

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科保健学専攻

 近年、我が国では障害者の地域での共生生活を目指し、様々な施策が始まっています。一方、障害者を支える家族への支援はまだ十分とはいえません。今回、ダウン症者のご家族の介護負担と健康状態を知り今後の支援に生かすため、長崎県内を中心とした226名に郵送で調査を行いました。回答は家族の中で主にダウン症者のお世話をされている方に依頼しました。

【調査内容】

ダウン症者の状態  ①性別、年齢、療育手帳、既往歴、ADLの状況、退行の有無など

②大まかな社会的発達(デンバー式スクリーニング検査)

③社会性やコミュニケーション能力(ASQ:自閉症スクリーニング調査)

介護者の状態   ①性別、年齢、職業、自覚症状や既往歴、生活の状況など

②精神的な健康状態に関する質問紙調査(GHQ-12)

③Zarit介護負担尺度

④生活の質に関する質問紙調査(WHOQOL)

【結果】118名(回収率52.2%)にご協力いただきました。平均年齢はダウン症者20.4才(男性57%、女性43%)、介護者54.7才でほとんどが母親でした。

ダウン症者の退行リスクがある人は、年齢の高い人、女性に有意に多く、リスクあり方の方なしの方に比べて社会性やコミュニケーション能力に多くの困難がありました。

介護者の精神的な健康(GHQ-12)では、ダウン症者が知的重症であること、排泄の介助が必要であること、生活が経済的に苦しいと感じている人に健康状態が低い方が多く認められました。介護負担では、デンバー発達年齢7才未満、精神的健康度が低い人、家族の健康状態と経済的に苦しいと感じている方が負担感の得点が高い傾向でした。ASQの質問項目毎の比較では、くり返し行動、自傷行為、話しかけに気がつく、場にそぐわない表情、表情が乏しい、ルールに従う、親しげに話しかける、会話の成立の7項目で介護負担の得点が高い傾向でした。また、介護負担が低い人は生活の質(WHOQOL)の得点が高く、介護負担が高い人はダウン症者の社会性やコミュニケーション能力の困難(ASQの得点)が高い傾向がありました。

【考察】介護負担の要因となっている内容は、ダウン症者側の要因では、家族がダウン症者の意思を察することの難しさや特有の頑固さ、家族の要因では、体力低下や経済状況が影響していると考えられました。今回の結果を基に、診察や面談ではご家族が相談しやすい話題提供、困りごとや対処方法を共有する機会をつくるなどの支援に繋げていきたいと思っています。

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家族の精神的問題を家族会から

川口 靖子

染色体障害児・者を支える会(バンビの会)副会長

  染色体障害児・ 者を支える会「バンビの会」の副会長を仰せつかっております川口と申します。

今回家族の立場から家族の精神的苦痛を今までのご相談の中からいくつかお話することとなりました。

「バンビの会」は染色体に何らかの異常をもつお子さんのご家族から成る会です。診断を受けるのも生まれてまもなくであり、母体の回復もままならぬ間に我が子の病状を聞く事になります。病状も様々、軽度から重症まで。また合併症を併発することもあります。

そして親は、とりわけ母親は、度合いの大小はあるものの、自分を責めます。

健康に産んであげられなくてごめんね。と・・・

そして、そういった苦痛、苦悩はなかなか外に向けて発信できないものです。

そんな時同じ思いをしている人の存在を知ることは、前へ進むきっかけとなることがあります。問題解決に至らないかもしれませんが、聞いてもらう、ということが何よりのケアになるのです。そして悩んでいるご家族は話すことで立ち直るきっかけをもらい、情報収集に療育にと子どものために頑張ります。

私たち、親の会とはそういう働きをもったものと認識しています。

行く末がどうなるのか。親がいなくなったときどうなるのか。一人になっても働いていけるのか。グループホーム、ケアホームに住んで楽しい毎日を過ごしていけるか。

障害があっても本人が人間らしく自分の人生を全うしてほしい、と家族は願っています。そのためには家族が声をあげないと行けない時があります。

その声を上げて行きやすいような環境つくりを、家族の精神的負担が軽くなるシステム作りを、構築していく必要があると思います。

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家族の精神的問題:ダウン症家族のメンタル・ヘルスに関するアンケートから

         山口幸子

アリセプトの保険適応拡大を目指すダウン症者家族会 代表

  現在、家族会は58家族です。本人の年齢は30代が一番多く次に20代そして40代の順です。本人の年齢層も幅広く、障害の程度も様々ですが、今後、本人、家族とも高齢化し、それに伴い家族のメンタル面に関する問題も増えると考えられます。そこで、実態を把握し、情報を共有して解決に導くための糸口が、見つかればと考えアンケートを実施しました。アンケート内容及び結果は下記の通りです。

 

調査対象:58家族 回答者26家族  回収率45%  平成27年10月実施

本人の年齢:20歳代…10人 30歳代…9人 40歳代…4人 50歳代…2人 60歳代…1人本人の性別:男性…16人 女性…10人本人の生活の形態:通所…18人 施設入所…5人 グループホーム…2人 その他…1人回答者の年齢:20歳代…1人 30歳代…1人 40歳代…0人 50歳代…8人60歳代…11人 70歳代…4人 80歳代…1人回答者の性別:男性…2人 女性…24人回答者の本人との関係:母親…20人(50歳代~80歳代) 父親…1人 兄弟…1人 施設職員…4人

 

本人と生活する上で精神的な悩み、不安、ストレスは?①非常に大きい…2人(8%) ②大きい…7人(27%)③さほどではないがある…14人(54%) ③あまり感じていない…3人(11%)

 

その内容(複数回答)①合併症など病気の事…10人 ②生活リズム(昼夜逆転・起床時刻・就寝時刻など)…4人③経済的な事…0人 ④本人のこだわり…14人 ⑤異常行動など…2人⑥将来の事…13人 ⑦介護者の問題…6人 ⑧その他…0人

 

結果から、本人の年齢は、20歳代が最も多く38%、そして30歳代35%です。男女比は3:2で男性が多く、生活の形態としては、7割弱が自宅からの通所、施設入所が2割弱、グループホームが1割弱です。回答者は施設職員を除けば、そのほとんどが母親でした。母親の年齢は60歳代以上が6割ですが、施設入所者は高齢者が多くその、両親の年齢を考え加えると、両親の年齢は7割以上が60歳代以上と年齢が高いのが実態です。そういう背景を持ちながら、我が子が障害を持つことにより、精神的な悩みや不安、ストレスを感じていると答えた人は約9割、そして3割強の人が、それが大きいと感じています。同じダウン症でも、障害の程度や生活環境の違いによって、悩みや不安は多種多様でその程度、感じ方もまた様々とだと考えられます。ダウン症特有のこだわりやそれが強くなっていくことへの、悩みやストレスを抱えている人が一番多く5割強、そして、両親の年齢から当然5割が将来の事についての悩みや不安を持っていることが分かりました。また、4割弱が先天性疾患、てんかん、排尿障害等の合併症についての悩みや不安を訴えています。記述の中で、悩みや不安について近藤先生にその都度、相談をしていると述べている人も多数いました。この機会に、同じような悩みを抱える私たちが意見交換を行うことで情報を共有し、また、専門家からのアドバイスを受け、ダウン症者や家族その関係者がいきいきと暮らすためにも、悩みや不安が少しで軽くなることを願っています。

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遺伝カウンセラーの立場から

佐々木規子

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科保健学専攻看護学講座

 平成25年4月から始まった新型出生前診断やアンジェリーナ・ジョリーで話題になった遺伝性乳がん卵巣がん症候群は一般の人々に広く知られるようになりました.平成27年7月には, 306種類の疾患が難病医療法に基づいて難病指定を受け,遺伝性疾患がそれら疾患の半数以上に含まれます.このように,医療現場だけでなく行政,地域においても遺伝に関わる機会は,ここ数年急速に増加しています.近年の遺伝医療の進歩により,誰もがその医療を受ける可能性をもつ時代となりました.これは,同時に誰もが遺伝的な問題を抱える当事者となることを暗示しています.

遺伝医療の充実を目的として,平成17年4月1日より認定遺伝カウンセラー制度が正式に開始されました.現在,全国で11大学院が認定遺伝カウンセラー認定養成課程を開設し,本校もその一校です.平成27年11月の時点で161名の認定遺伝カウンセラー(以下,遺伝カウンセラー)が,全国の医療機関,教育・研究機関,企業,行政機関などで活動しています.

私は看護教員の傍ら,遺伝カウンセラーとして長崎大学病院の遺伝カウンセリングに携わっています.私が遺伝カウンセラーを目指したきっかけは,かつて助産師であったときの経験にあります.その動機はお腹の赤ちゃんが出生前診断でダウン症候群と告げられ,声を殺して泣いているお母さんに何もできなかった無力感と申し訳なさにあります.その時から「私は何ができる」の答え探しが始まり,その問は今なお遺伝カウンセリングの時に繰り返されます.

出生前診断には産科的管理という目的がありますが,一方,この出生前診断は代理者である親が自分ではない胎児の命の選別を行う判断に用いられており,様々な生命倫理の問題を含んでいます.夫婦が望んだ妊娠でありながら,出生前診断の結果が出るまでお腹の赤ちゃんに愛情を注ぐことをためらう妊婦もいます.

出生前診断に対するニーズは多様化し,医療者がそのニーズに応えることの意味を見直す必要性を感じています.今回は,私の限られた出生前診断での遺伝カウンセリングの経験を話題提供させて頂き,皆様からご意見を頂ければと思います.

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 臨床心理の立場としてどう考え、どう対処しているか

岡嶋一郎

長崎純心大学人文学部人間心理学科

 まず、どの方も、家族を含む他の人の言動に悩まされ、その人と将来にわたりどう付き合うかについて考えさせられる経験はあると思います。そして、その言動に働きかけたり、言動に悩まされないための自助努力をしたり、周りの人からの援助や出会いを経験しながら、人間的な成長を続けてきたとも思います。臨床心理の立場では、様々な対人関係の問題に対して、これと向き合う当人の気持ちを支えながら、当人が人間的成長を遂げるまでを援助します(当人と他者を含む集団全体の成長を目指すこともあります)。なお、臨床心理学では、問題に働きかけることを「問題焦点コーピング」、悩まされないための努力を「情緒焦点コーピング」、周りからの援助を「ソーシャルサポート」と呼びます。

障害児者家族のメンタルヘルスを考える場合も、基本的には上と同じですが、障害児を育てる親は、障害のない子の親と比べて養育上のストレスが大きいと言われます。それは、言動理解の困難さや、世話に関する実質的負担、将来の心配などが挙げられるほか、わが子や自分が社会的標準より劣っていると感じて落ち込むことや、周囲から障害を理解されず責められることへの不安も大きく関わっています。そして、これらが強いと親は孤立感を強めていきます。

以上をふまえ、障害児者家族のメンタルヘルスへの臨床心理学的支援について述べていきます。ここでは、親支援についてのべます。

まずは、親にも子どもにも来談をよくねぎらうとともに、「お子さんかわいいですね」などの肯定的な言葉をかけます。これは、社会的標準に立脚せず子ども主体に関わる、また良いところを見つけようとするカウンセラーの姿勢を伝えています。また、主訴について伺う際には、親が自分なりに努力している子育てを悪く言われるのではないかとの恐れを持っていることを念頭に置き、よくやってこられていることを伝えます。また、子どもと接する際に拒否的な反応を示されても、決して不愉快な顔をしないようにします。これらはすべて、親への「ソーシャルサポート」を意識しています。ソーシャルサポートで言えば、他職種や専門家以外のサポート源(家族成員、学校、近隣、親の会など)もとても大切で、これらの助けがあるかどうかについても尋ねます。

その後は目の前の主訴への対応となりますが、「問題焦点コーピング」にあたっては、「なぜその言動をするのか」についての理解に努めます。それは、障害特性や性格、成長・発達過程、家族や組織の人間関係、言動を起こすタイミングなどの視点から検討され、言動の理解や対処への見通しが立つようになることを通した精神的安定を目指します。一方、「情緒焦点コーピング」は、悩み疲れないための工夫、たとえば子どものよい面に目を向ける話題や気分転換の話などをします。悩まされて窮屈になる身体の緊張をほぐすためのリラクセーション法を提案することもあります。

これらの支援をしながら、障害をもつわが子をきっかけに、親自身が人間的成長、すなわち、人間関係の深化、生き方や価値観の変化、精神的にタフになることなどをはっきりと感じるようになること(Benefit Findingと呼ばれます)が、親支援の到達点と考えます。

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精神科の立場から

今村 明

長崎大学病院精神科神経科

 日々の診療の中で、精神疾患を持つ患者さんのご家族から様々なご相談を受けています。その中で特にご家族の方が悩まれている点は、原因不明の興奮や落ち着きのない状態、こだわりの強い状態などがみられた時に、どのように対応してよいかわからない、ということが多いと思います。患者さんが言語的に自分の考えをうまく説明できない場合、ご家族としては「自分のやっていることが、本当にこの子のためになっているのだろうか」「自分がわかってあげられないために、この子に負担をかけているのではないか」と心配になられることが多いようです。今回はこのような問題についての対応法についてご説明したいと思います。

まず応用行動分析(ABA)についてご紹介します。ABAは1930年代にはじまった行動に焦点を当てた心理学の分野の一つで、今日までに様々な広がりをみせています。特定の行動がどのようなときに強化または弱化されるかを調べるために、先行事象(Antecedent)、行動(Behavior)、結果(Consequence)の3段階で叙述し、その背景にある行動原理を検討します。またこのABAの考え方は、行動上の問題がある子どもの家族に対して行われるペアレントトレーニングにも生かされています。

次にTEACCHプログラムについてご紹介いたします。TEACCHは1960年代よりノースカロライナ州で行われている自閉症の支援プログラムで、家族と支援機関が協力して本人が自立した行動ができるようになるためにサポートを行います。TEACCHは、抽象的思考や話し言葉によるコミュニケーションが苦手な人に対して、空間・時間・手順などの構造化や視覚的なコミュニケーション支援ツールの活用などを行うことで、家庭や学校、事業所などで、理解しやすい学習・就労・余暇のシステムをつくっていくものです。

以上のような支援を行うことで、患者さんの状態が安定し、ご家族の負担も軽減するケースが多数存在します。ご家族のメンタルヘルスについて、特に大切なことは、長期にわたる支援の中で、無力感に襲われないこと、燃え尽きてしまわないことだと思います。上記のような支援を専門機関と連携して行い、ご家族が自己効力感を持てるようになることが、患者さん自身の状態にも大きく影響するものだと思います。今回の私のお話が少しでも今後の対応のヒントとなれば幸いです。

また、当日はご家族自身のメンタルヘルスの問題として、うつ病や不安障害についてと、精神科や心療内科への受診が必要な状況についても、合わせてご説明したいと思います。

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