3-2 ダウン症候群の精神状況(2)

ダウン症候群の精神状況(2)

 

ダウン症候群の精神状況(1)の続きです。ご参考にしてください。

 

認知症の頻度

 

ダウン症症候群のある方(DS者)において、認知症(特にアルツハイマー病)との関連は以前より示唆されています。しかし、DS者の知的障害の程度によりコミュニケーションが取れにくいことも関係してか、発症頻度は論文によってかなりの差異があります。ただ、多くの論文で一致しているのはDS者において30歳までは認知障害はあるが認知症までは至らない7)ということと、40歳までは認知症の診断がつくのが数%で、それ以降は5年ごとに発生頻度は倍増していく8) 9)というものです。65歳までに認知症を発症するのが68%-80%という報告9)もあるし72歳で67%が発症するという報告10)もあります。DS者において認知症の平均の発症年齢は約55歳とされています11)。しかし、高齢でも認知症を持たないDS者も存在します9)

 

7)Head E et al. Aging and Down syndrome. Curr Gerontol Geriatr Res 2012, 412536, 2012.

8)Coppus A et al. Dementia and mortality in persons with Down’s syndrome. J Intellect Dis Res 50: 768-777, 2006.

9)Wiseman FK et al. A genetic cause of Alzheimer disease: mechanistic insights from Down syndrome. Nat Rev Neurosci 16(9): 564-574, 2015.

10)Zigman WB: Atypical aging in Down syndrome. Dev Diabil Res Rev 18: 51-67, 2013.

11)Tyrrell J et al. Dementia in people with Down’s syndrome. Int J Geriatr Psychiatry 16: 1168-1174, 2001.

 

メモ:PubMedという米国の論文検索システム(世界中で利用されています)でとダウン症候群とアルツハイマー病の関連した論文を探ると 「Early senile dementia in monngolian idiocy: description of a case. Folia Psychiatr Neurol Neurochir Neerl, 1952 Dec: 55(6): 453-9」 が出てきます。発行されたのが1952年12月ですが、この時にはダウン症候群も出て来なく、蒙古症となっていますし、アルツハイマー病は認知症ということになっています1)

 

自然歴

我が国で染色体検査が保険適応になった年は昭和49年です。この時は検査施設が限定されていたようです。そのため、高齢のDS者は現在のように染色体検査で確定診断を受けていない方もいると推測され、自然歴が分かりにくい状況にあります。そのため、我々は中学卒業以降の在宅、グループホーム/ケアホーム、施設におられるDS者を対象に、バンビの会をはじめとするDS者家族、作業所/施設の指導員やケア担当者に自然的アンケート調査を行いました12)。長崎県を中心とした方々から551通の回答をいただき、その内容は以下のようなものでした(詳細は冊子として整理させていただきました)。(1)DS者の生活の場は10歳代、20歳代は在宅が主流だが、30歳代で施設の方が多くなります(在宅者と施設入所者が同じくらいになる年齢は30-34歳でした)。(2) 20歳代まで能力的に向上している方が多いが、30-40代位から徐々に‘老化’が出現してきます。(3) 40歳代の方でも、元気に生活されている方も少なからずおられます。(4)急激に日常生活能力の低下を示した方はおそらく15歳以上のDS者で6.5% 前後存在し、その発症年齢は、10歳代、20歳代が多かったです。(4)調べた中での最年長は65歳でした。

DS者の40-50歳代の多くで老化に伴う様々な変化が出てきますが概略すると以下の様になります10)

外皮系において円形脱毛症は毛根細胞のT細胞浸潤を伴った慢性炎症によって起こり、大規模調査によってp78MX1 などの21番染色体に位置する遺伝子が関係すると判明しています。健常児・者での発症率は0.1%程度とされているのに対して、DS者では0.1%〜10%とされています。DS者では女性の方が男性よりより頻度が高い(17.4%:3.1%)ようです。5歳〜20歳が好発年齢ですがどの年齢でも起こりうるし、これは老化の徴候ではないとされています。その一方、白髪は老化の徴候とされている。3-20歳のダウン症者で早期に毛髪が灰色に変化するのは14%程度との報告があります。内分泌系としては甲状腺機能異常症、特に甲状腺機能低下症が多く、外表的老化とも関連するとされています。DS女性では閉経の時期が早い傾向があり、40歳以上のDS女性において一般女性の2倍以上の閉経率であったと報告されています。視力障害については、30歳から83歳までのダウン症者455名において77.6%が1つ以上の眼科疾患に罹患し、その中で白内障が最も頻度が高い疾患で42%を占めていたという報告もあります。明らかに一般より頻度が高く、しかも加齢に影響を強く受けています。聴力障害も年齢とともに増加し、50-59歳の70%のDS者は中等度から高度の難聴を合併するとされています(一般では61-60歳の1/3とされています)。筋骨格系障害も成人DS者に多く、加齢とともに増加します。成人DS者の約50%は骨粗鬆症となるといわれています(男性の方が強い)。15歳と45歳のDS者では、それぞれ18%, 36%に環軸不安定症を合併している。他の整形外科的疾患としては、股関節脱臼、側彎、大腿骨頭すべり症、膝蓋骨不安定症・脱臼があり加齢とともに筋骨格系障害は早く進み、手術の必要なことも少なくないようです。最近、当センターの整形外科の先生にご相談することも多いのですが、脊柱管狭窄症の頻度がDS者で高いし、高齢でなくてもありえそうだとのご意見もいただいています。免疫力としては、DS者は加齢とともに感染症、一般的に上気道感染にかかる頻度が高くなり、しかも重症度が上がってきます。高血圧や悪性固形腫瘍は一般と比べて少ない傾向にあるようです。老化には酸化ストレスの影響が大きいと考えられています。老化を遅らせる目的での抗酸化剤としてビタミンA、ビタミンC、ビタミンEが効果的と考えられますが、アルツハイマー型認知症の認知機能の改善には効果がなかったとの報告もあります。

 

10)Zigman WB: Atypical aging in Down syndrome. Dev Diabil Res Rev 18: 51-67, 2013.

12)近藤達郎:ダウン症候群患者のQOL向上のための塩酸ドネペジル療法. Jpn J Rehabil Med 48(5), 307-313, 2011.