第10回ダウン症候群トータル医療ケア・フォーラム

これまでのダウン症候群トータル医療ケア・フォーラムの歴史と概略

長崎大学小児科   森内浩幸

 ダウン症は、全身の様々な臓器システムに及ぶ障がいを持つことがあります。また、生まれた時に既に顕れている障がいだけではなく、成長発達の過程で、または加齢とともに出て来るものもあります。従って、ダウン症の方々の健康を管理していく上では、小児科という元々間口の広い診療科の全ての分野が係わるだけではなく、小児外科、整形外科、眼科、耳鼻咽喉科、泌尿器科、産科婦人科、精神神経科、歯科を含めた様々な診療科が一緒になって対応していく必要があります。さらには教育・福祉に関する問題も知らなければなりません。

このような必要性に少しでも応えるべく、本フォーラムを立ち上げ、早10回目を迎えました。記念すべき第1回フォーラム(平成18年6月18日開催)には、小児科の中でも循環器、血液・腫瘍、腎臓の各グループからの発表があった他、眼科、耳鼻咽喉科、泌尿器科の先生方にも非常に有用なお話をいただくことが出来ましたし、近藤先生のライフワークの一つであり、本フォーラムでも度々話題としてきた「ダウン症者のQOL向上のための塩酸ドネペジル療法」の最初のお話も出ました。第1回ファーラムの成功を受けてここまで回を重ねてきましたが、ごくごく掻い摘んでその足跡を追ってみます。

第2回フォーラムはちょうど「バンビの会」発足20周年を祝う会にもなりました。その頃に生まれたお子さん達が成人を迎えた訳ですから、本当に感慨深いものがあります。第3回フォーラムでは精神的諸問題について、大人に至るまでのライフステージ別に医療と教育の両側面から検討するとともに、「告知」の問題についてアンケート調査の結果も報告され討論しました。第4回フォーラムでは、アメリカでダウン症の診療・研究に取り組んでいるカレン・サマー先生がご講演されました。カレン先生とそのご主人マーシャル・サマー先生(ご一緒に来崎されました)との交流は、その後も続いています。第5回フォーラムは塩酸ドネペジル療法に四つに取り組んだものとなり、これに関する厚生科研研究班の研究代表者であった奥山虎之先生(国立成育医療センター)や使用されている患者さんのご家族からの発表もありました。第6回フォーラムでは、ダウン症に限らず「ハンディを負った方々が地域社会で幸せに生活するために」というテーマの元、様々な立場から「共生」の大切さと難しさを話合いました。第7回フォーラムでは「ダウン症候群と肥満」をテーマとし、小児科と内科から代謝を専門としている先生方からの講演の他、栄養士や理学療法士の方々からもお話してもらい、この身近な問題を考えて行きました。第8回フォーラムでは自律神経障がいがテーマでした。一見取っ付きにくいようで、実はとても身近な問題を考える機会になりました。第9回フォーラムは「ダウン症者家族のメンタルヘルス」がテーマでした。これまでにもご家族が抱える諸問題を考えてはきましたが、事前にバンビの会の会員の方々を中心にアンケート調査も行って、家族の立場から、そしてそれを支える医療の立場から発表してもらい、充実した総合討論を行いました。

そして今日、第10回のフォーラムを迎えます。本年度はバンビの会も30周年を迎え、こうした歴史の節目にあたり今後の発展にさらに大きな期待をしていきたいと思います。

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これまでのフォーラムによって変わってきたこと(意義)と今後に期待すること

バンビの会     川口靖子

「ダウン症候群トータル医療ケア・フォーラム」の10回という記念の回に同席できたことを誇りに思うとともに、これまでお世話になってまいりました長崎大学医学部小児科学教室の森内教授、諸先生方、受付の先生方に深謝申し上げます。過去9回にご講演頂きました諸先生方にもこの場をお借りして感謝申し上げます。

たくさんの方のご支援のおかげでいろいろな知識を得ることができ、子どもたちのより良い環境を育むことができつつある、と感じております。今まで問題視していなかった些細なことにも問題意識をもって見ることができるようになったのもこのフォーラムのおかげとだと思います。

障害があるのだから・・できないことがあるのは、病気になるのは、仕方ない。と思って子育てをしてきたこともありましたが、子どもたちの傍で毎日を過ごしている家族が疑問に思ったり苦痛に思ったり、改善したいと思う事柄を医療の先生方や教育、福祉の現場に提案することで問題解決に至ることがあることを、このフォーラムで学びました。

現に、後退症状についてはいろいろな研究がなされておりますし、排尿に問題があるということは、このフォーラムで知るところとなっております。きょうだいの心の問題については、多くの人の、目に、耳に届くようになり、きょうだいとして悩んでいるのは自分一人ではないということを、多くのきょうだいたちに伝える事が出来てきました。

とはいっても、障害者をとりまく環境はまだまだ厳しいものがありますし、医療、教育、福祉の連携がとれていないことも否めません。

この連携を確立させることが今後の課題となるように思います。

障害者を真ん中においてたくさんの円が重なり住みやすい社会を実現できるよう今後もこのフォーラムを続けさせていただきたいと思っております。

森内教授はじめ、諸先生方のさらなるご支援を賜りますようお願い申し上げます。

最後になりましたが、これまで様々な面で支えて頂いている近藤先生に感謝申し上げます。

 

長崎県内のダウン症者の現状と問題点

みさかえの園総合発達医療福祉センターむつみの家         近藤達郎

 長崎県は2012年3月の人口が143.1万人で、2015年の出生数は11,059人となっている。ダウン症候群をもつお子様の出生率を1/700とすると、毎年15-16名が出生することになる。離島が日本一多いことも知られている。医療の特徴としては、長崎大学医学部の存在が大きいと思われる。長崎県内には、医学部が1つしかなく、しかも歴史が非常に古いことから多くの病院が長崎大学医学部とのつながりがある。つまり、連携がしやすいとのメリットが考えられる。その一方、離島が多く交通の問題などが医療にも影響を与えることは想像に難くない。また、離島に限らずそれぞれの地域の生活上の風習や考え方、文化などにも当然のことながら固有のものが尊重されていると思われる。長崎県でのダウン症候群を持つ方々の支援としては、1970年前後に「長崎ダウン症児研究会」が長崎大学教育学部や医学部の専門家が中心に発足され、「The Child with Down’s Syndrome (Mongolism)(Smith DW, Wilson AA著)」の翻訳がされている。長崎大学小児科からは故中村正先生を中心にご尽力されていた。全国に目を向けると「こやぎの会」(1963年(昭和39年)発足)と「(財)小鳩会」(1964年(昭和40年)発足)が中心となり、1995年に任意団体「日本ダウン症協会」が発足、2001年4月より財団法人「日本ダウン症協会」となっている。幼稚園、学校教育に関しても、当時の方々が尽力されて今があるものと思われる。長崎県の特徴の一つとして、全国組織である日本ダウン症協会に加入しているダウン症者家族がさほど多くないことも挙げられる。これは、染色体障害児・者を支える会(バンビの会)の存在なども影響するのかも知れない。

現在長崎県でダウン症候群をもつ児が出生すると、医療的ケアに関しては長崎県内や場合によっては他県で手術を含む医療連携体制が整っている。島嶼部などにおいても場合によってはドクターヘリなどの利用により医療水準は保たれていると思われる。ダウン症候群における合併症として多い眼科疾患、耳鼻咽喉科疾患についても個々の病院で対応されている。一方、トータルで診てくれる医師が少ないことが危惧される。療育や教育に関しても、対応側のマンパワーの問題などから何らかの制限がかかることもありえるかも知れない。しかし、概して、学校卒業くらいまではある程度各部署が連携を行いつつダウン症者が健やかに生活できるシステムは整ってきていると思われる。

思春期・成人期になると新たな問題が出現すると思われる。医療面では、小児期からのフォローを除き、新たな合併症としては、甲状腺疾患、糖尿病や高尿酸血症などの内分泌代謝疾患や中年期以降に初発するけいれん発作などがある。更に、精神的な諸問題を示す方々も多くなるし、障害基礎年金などの福祉的手続きも出てくる。家族(特に親)の体調も関係してくる。この時期についてを、誰が中心的に整理し、対策を練っていくのかは、大きな問題と思われる。

当センターでは「総合発達外来」として平成19年より、年齢問わずダウン症者の診療にあたっている。これまでに300数十名のダウン症者が外来にお出でになられており、様々な対応をしている。ただ、個々の状況が深刻であればあるほど、診療時間が延び、診療できる外来数が制限され、すぐに対応ができにくい状況になってきている。今後、当センターで行っているようなことが県内で広がっていければ、都会と比べて人口が多くない長崎県ではある程度体制が見通せるようになることが期待される。現実的には、小児科医のみに限らず、全人的に診てくれる医師の増加が急務と思われる。島嶼部などでも、それぞれの場所の実情をよく理解し中心的に対応してくれる専門家の存在と臨機応変に相談できる場所があるとより良いものができていけると思われる。

今回、上記のようなことを概説すると同時に、当センターの役目及び県内の遺伝医療体制について考えてみたい。

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関東地区でのダウン症者の現状と問題点

埼玉小児医療センター 遺伝科    大橋博文

 関東地区(1都6県;東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県、群馬県、栃木県、茨城県)は全国の総人口の3分の1が集中する地域である。埼玉県は約700万人の人口があり、年間の出生数も約6万人に及ぶ。関東の全ての都県には小児医療専門施設が存在し、小児医療の中核としての機能を果たしている。その中で、栃木と茨城を除く都県の小児医療施設には遺伝科が設置され、ダウン症候群を含む先天異常症候群の包括的ケアに関わっている。

小児慢性特定疾患などの統計をみると、埼玉県内の患者のうち埼玉県立小児医療センター(当センター)に受診しているのは約1/3である(1/3は県内他施設、1/3は東京都へ)。一方、当センターを毎年新たに受診するダウン症候群の児は約80名であり、これは埼玉県で毎年出生するダウン症候群の児が総数に相当するので、明らかにダウン症候群の児は当センターに集中的に受診している。これは、ダウン症候群をもつ児の健康管理、発達支援、社会資源との連携などについて、決して十分ではないにしても各診療科、部門とともに包括的に診療を進めていることが地域医療機関に認知されているためと考える。

その包括的ケアのコーディネーターとしての遺伝科診療の機能を示す。1)健康管理のコーディネート:ダウン症候群では複数の内臓・器官の疾患を合併する可能性があるため、複数の診療科との連携をとった診療が必要である。遺伝科が中心となってセンター内での健康管理指針の標準化を関連する診療科とともに行い、健康管理プログラムを策定して運用している。2)ダウン症候群総合支援外来(DK外来):診断後間もない乳児期から1年間、月1回ずつ、発達の支援を中心に、栄養、社会福祉資源の情報提供などを行う集団外来である。家族間交流を通した心理的な支援という貴重な場ともなっている。3)遺伝相談外来:遺伝的な情報の理解、次子の家族計画や出生前診断に関する相談などに対応する。4)家族会や種々の社会福祉資源との連携:当センターで把握できている県内各地域の家族会が19ある。基本的にそれぞれ独立した組織であるが、さいたま市浦和区の家族会“こすもす”は日本ダウン症協会の支部を兼ねている。これらの家族会の活動状況を把握し(年1度の連絡会議を開催して、緩やかな連携をとり)、ご家族の地域ごとにその情報をお伝えしている。

課題としては、1)遺伝科外来の混雑により予約がとれないこともあり、特に基礎体力がしっかりして健康面への不安が一段落する3歳以降になると、多くの児が定期フォローから脱落していることが危惧されること。2)当センターが小児医療専門施設であるため、小児期を過ぎて成人期になると診療対応が困難となるが、成人期のトータルにコーディネートを依頼できるカウンターパートが存在しないこと(トランジションの課題)。3)埼玉県全体としての医療の連携がとれているわけではないこと(ちなみに、埼玉県は人口当たりの医師数が最も少ない県である)。

まず取り組めると思われる対策。1)地域医療機関との早期からの医療連携:健康状態も安定している学童期の時期から、将来のトランジションをふまえた地域医療機関との受診連携を進めること。2)診療連携に役立つツールの整備:健康管理ノート(診療指針、個人の診療経過記録など)などを整備し地域医療機関との連携に活用すること。

当センターの診療状況が必ずしも関東地域の現状を反映しているとは限りませんが、一施設の経験としてご参考にしていただければと思います。

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ダウン症者の精神的諸問題とその対策

長崎大学病院地域連携児童思春期精神医学診療部    今村 明

ダウン症者には、さまざまな行動上の問題がみられることがある。自傷行為、暴力、多動、大声・奇声、こだわり、偏食・異食・過食・反芻、多飲、排泄の問題、睡眠障害などである。このような問題が起こった時に、その行動自体を問題にするのではなく、背景にある精神的な問題―不安、恐怖、うつ、悲嘆、怒り、高揚、嫌悪―など、様々な刺激に対する心の反応について理解することが必要である。

まず、行動上の問題が起こった場合、身体的な変化が起こっていないかどうかを確かめる必要がある。熱発、身体各所の疼痛、掻痒感、消化器系の問題、泌尿器科系の問題、視覚・聴覚など感覚器系の問題など、様々な身体的変化がもとになって、行動上の変化が起こる場合がある。てんかんが合併している人は、発作の頻度や発作形態の変化が精神状態にも影響することがある。

周囲の環境の変化などをきっかけに精神的な問題が出現する場合もある。学校や職場で担当者が変わったり、大きな声を出す人がいるなどこれまでよりも外部からの刺激が強い状態になっていたりすることが、不安やうつの原因となることがある。また適切ではない課題をさせられることが、怒りや不安・うつにつながる場合もある。この場合、課題がむずかしすぎることだけではなく、簡単すぎたり単調すぎたりすることも精神的な変調を起こしてしまうこともある。

自尊心の低下が問題となる場合もある。「自分はまわりの人と違う」ということを感じ取ったりすることが自尊心の低下につながり、うつの原因となることもある。周囲の心ない言葉や、なぜ自分だけ別の教室に行くのだろう、なぜ兄弟と別に扱われるのだろうなどの疑問が、悲しみや怒りに代わっていくこともある。

コミュニケーションの問題で、「自分の言いたいことが伝わらない」ことから、もどかしさ、悲しみ、怒りなどの感情が生じてくる場合もある。支援者がよかれと思って行わせた活動、すすめた食べ物や遊具などが、本人にとってあまりうれしくなかったとしても、そのことをしっかり表出できない場合がある。その伝わらなかった反応として、怒り、興奮、悲しみなどの状態が出てくることがある。

このように、行動上の問題の背景に精神的な問題があることも多いため、常に行動の背景にある精神的な問題を理解するように努める必要がある。行動上の問題が起きて、すぐに薬物療法を導入するのではなく、まずその行動がなぜ生じているかを検討し、何らかの環境的な調整を行うことを検討すべきである。またダウン症者も、上記のような様々な精神的負担から精神疾患を発症することがある。うつ病や、不安症、強迫症などはその代表的なものである。しかし、ダウン症者の精神疾患の発症は、その知的な問題やコミュニケーションの問題から診断が難しい場合が多い。そのためにご家族からできるだけ普段の状態がどうだったかを医療機関に伝えていただく必要がある。

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成人ダウン症の今後について考えるべきこと

京都大学思修館    茂木成美

  本報告では,ダウン症者の加齢に伴う支援者・環境側の変化,具体的には「親亡き後問題」等を考慮したダウン症者ケア体制のあり方を模索するため,まず成人ダウン症に起因するケアニーズの特定を行い,当事者のみならずその周囲の家族,支援者等の構成員についても検討し,それに基づく形で「統合的包括ケア」(Integrated Comprehensive Care)という概念モデルを提案,その実装に向けた論点を整理し,会場の皆様のご意見も伺いつつ一緒に考えていきたい.

医療技術の進展と社会発展に伴ってダウン症者の平均年齢も飛躍的に高まっているが,負荷の高い支援は,それを適切に分担しない限りは支援者の側にもほころびが生じ得る.特にその負荷が特定の箇所に集中している場合,昨年発生した津久井やまゆり園の痛ましい事件のように,それ自体もまたリスクとなりうる.善意のひとびとを加害者にしないためにも,ダウン症当事者のためにも,持続可能性な支援が重要である.

そこでまず加齢に伴うダウン症者及びその家族・支援者のケアニーズの質的変容について触れる.高齢化も進む中,日本を含む先進諸国ではノーマライゼーションの流れを汲んで障がい者の「脱施設化」が推し進められた.その結果,家族が主たる支援者の役割を担う傾向が強まってきたものの,この支援者であることを期待されていた保護者自身もまた,高齢化に起因して,自身もケアを必要とする側となるケースが徐々に顕在化しはじめている.もっとも顕著なケースが両親が先立ってしまったあとに残される「親亡き後」問題であり,こうした状況下での社会的養護のあり方についても考察を試みたい.

これを踏まえて,報告者が現在研究している「統合的包括ケア」モデルの可能性について議論を行いたい.これはダウン症者のみならずその家族もが同敷地内で第三者から包括的ケアを受けることができるというものであり,ダウン症者に対する包括的ケアのみならず,その家族や支援者に対しても,例えばレスパイトケア等に加えてその支援者自体の健康ニーズに応じた包括的ケアを統合的に提供するものである.これにより支援者自身の福利の改善をも含む支援の持続可能性を高めることを目指すものである.これらの概念モデルを実際に制度実装する段階において困難となる点,そしてその解決のための糸口についても合わせて論点を提示する.

これらの議論においては,アメリカやイギリス等の国際事例比較も取り上げ,一般論としてのモデルをより地域や個別の事情に適した形に実装していくにはどのような調整が必要であるか,そしてダウン症当事者はもちろんのこと,支援者もまた息切れせず,持続可能な形での支え合う互恵的な関係性を実現するために社会や制度に期待したいことはなにか,それを実現するためにはどうすればよいのか,ざっくばらんに議論したい.

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