第12回ダウン症候群トータル医療ケア・フォーラム
ご あ い さ つ
染色体障害児・者を支える会(バンビの会)会長
近藤達郎
平成18年にはじまったダウン症候群トータル医療ケア・フォーラムが第12回目を迎えることができることは私どもにとっても喜びです。これも、森内浩幸教授をはじめとする長崎大学小児科が初めから共催となっていただいていること、長崎県内外のダウン症候群を持つ方々・ご家族、彼らを支援していただく多くの方々が継続的に足を運んでいただいた結果と皆様に感謝する所存です。
内容については、いつも、バンビの会会員の皆様にご意見をお聞きして決めています。今回は、第1部で日本と外国(オランダ)で知的障がいのある方々の社会進出について異なることがあるのか、20歳に多くの方々に関係する障害基礎年金申請についての困ったことがないのかどうか、今年バンビの会で作成した人生ノートについての説明があります。第2部では、長崎大学小児科准教授の伊達木先生にダウン症のある方の内分泌代謝疾患について、第3部では、みさかえの園むつみの家の二宮先生に整形外科的な見地から問題点と対策についてお話を伺います。
私が勤務している諫早市小長井町の「みさかえの園総合発達医療福祉センターむつみの家」では総合発達外来があり、年齢、疾患種に関係なくハンディをおわれた方々の支援を行っています。今年は約8000名の方がお出でになりました。私が対応させていただいている方々は半数以上が成人です。中には非常に深刻な方も少なくありません。ただ、どういう状況であれ、社会と何らかのつながりを持って生活されることは極めて重要ではないかと感じることが多いです。
今回のフォーラムが、皆様にとって、有意義で今後の生活に役立つことを願ってやみません。様々な情報を知った上で、取捨選択していくことが重要と思います。多くの皆様のお力をいただきこのような会を継続していきたいと願っています。
今回も長崎大学小児科の全面的支援をいただきました。また、多くのご後援も賜りました。この場をお借りして感謝申し上げます。
なお、今回はダウン症候群の方用とハンディをおわれた方用の「あしあと(人生ノート)」をご入り用な方には1冊200円でお渡しします。これにつきましても、今後の役に立つことを願っております。
プ ロ グ ラ ム
第一部 13:00-14:00 司会:近藤達郎 (みさかえの園むつみの家)
13:00-13:20
政策と実践から見る日本とオランダの知的障がい者の労働
長崎大学多文化社会学部 本多瑠美
13:20-13:40
障害基礎年金申請時に保護者が感じる困りごとの構造 -ダウン症のある方の
保護者へのインタビュー調査を通して-
長崎大学医学部保健学科 森藤香奈子
13:40-14:00
あしあと(人生ノート)の作成
みさかえの園むつみの家 近藤達郎
第二部 14:10-15:00 司会:中嶋有美子 (長崎大学小児科))
ダウン症者・児と内分泌代謝疾患
長崎大学小児科 伊達木澄人
休憩 15:00-15:20
第三部 15:20-16:10 司会:松本 正 (みさかえの園むつみの家)
ダウン症児・者の留意すべき運動器疾患とその対処法
みさかえの園むつみの家 二宮義和
第四部 16:10-16:40 司会:松本 正 (みさかえの園むつみの家)
総合討論
政策と実践から見る日本とオランダの知的障がい者の労働
長崎大学多文化社会学部
本多瑠美
日本の知的障がい者はその程度や合併症の程度などに応じて、療育や保育、就学やその後の就労など選択肢が徐々に増えています。しかし、政策的にさらなる改善の必要性とその内容の方向性は国内からは見えにくい現状があります。本研究は、人権の一つであり、社会参加、自己実現、自立を可能にする「労働」に焦点を当て、政策と実践の観点から福祉国家であるオランダの現状と比較し、日本の障がい者支援について考えることを目的としています。
今日のオランダには、約200万人が障がいを持っています。オランダ統計局のデータによると、2013年の段階でオランダの生産年齢人口(15~64歳)の14%にあたる約160万人が、就労に影響を与えるような障がいを持っているとされています。一方で日本には、2016年時点で全人口の約7.4%にあたる約936万6千人の人が障がいを持っており、障がい者である労働者の実数は38万6,606人(前年同日36万6,353人)となっています。
オランダと日本の雇用制度を比較してみると、一般就労に関する最も大きな違いは障がい者の法定雇用率の有無ではないでしょうか。日本は2018年4月より、45.5人以上の従業員がいる民間企業で2.2%の法定雇用率を設けています。これに対して、オランダでは法定雇用率は義務付けられていないため、設けられていません。福祉的就労に関しては、オランダには、①シェルタード・ワークショップ、②援助付き雇用、があります。オランダの福祉的就労においては、最低賃金が保障されています。一方で日本には、①就労移行支援事業、②就労継続支援A型事業、③就労継続支援B型事業、④就労定着支援、があります。就労移行支援事業と就労移行支援A型事業では、基本的には最低賃金が保障されていますが、B型事業では保障されていません。また、障がい者の所得保障制度に関しては、オランダにおいては「就労能力に応じた障害保険制度」や「若年障害者のための就労と就労支援制度」等、日本においては「障害基礎年金」や「生活保護の障害者加算制度」等について触れます。また当日は、オランダと日本両国の諸施策を踏まえて、実際にどのようなダウン症者の就労の場があるのかを実例を用いて説明します。
これらのオランダと日本の比較も踏まえて、当日はこれからの社会や制度に期待したいことは何か、それを実現するためにはどうすればよいのかをざっくばらんに議論し、皆様のご意見を伺いたいと考えています。
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障害基礎年金申請時に保護者が感じる困りごとの構造
-ダウン症のある方の保護者へのインタビュー調査を通して-
長崎大学医学部保健学科
森藤香奈子
ダウン症者の寿命は60歳程度で、30歳頃より日常生活能力の低下が始まるといわれています。成人ダウン症者の生活を支える手段1つに障害基礎年金があります。保護者がダウン症者に代わり申立書を作成しなければなりません。出生時から約20年間の受診状況や生活歴を記載することが、とても大変であることを伺ってきました。
そこで、初回申請準備中または初回申請より3年以内のダウン症者の保護者に協力して頂き、障害基礎年金申請に関して、経験したこと、困ったこと、記録に関する考えなどについて、インタビュー調査をさせて頂きました。お話し頂いた内容を分析して、スムーズな申請のために何が必要かを考え、準備に役立てたいと考えました。
詳細は下記の表にお示しています。
9家族よりお話を聞くことができました。ダウン症者の年齢は19~25歳でした。
内容は『申請に関する漠然とした認知』、『想像以上の複雑さに慌てる』、『申請に関するポジティブな振り返り』の3つに分けられました。
申立書作成に役に立った記録には、母子手帳、幼稚園の連絡帳、入退院の記録、支援計画書のコピー、古い診察券等がありました。記録は障害基礎年金申請に限らず、将来の生活支援に役立つ重要な情報であるため、健診、入退院時、学校などで、保存の必要性を継続的に伝えることが大切です。また障害基礎年金の手続きに関して、個人の体験談を聞いて不安になる、申請窓口の対応で混乱する場合もあり、情報提供方法の工夫が必要だと考えます。
結果でお示ししているように、年金申請のための情報整理は非常に時間がかかり、大変な作業です。しかし、“この20年間の情報整理が次の申請のためだけではなく、今後、親以外の誰かに子どものケアやその決定権をゆだねなければならない時の備えになると思う”というお話を聞かせて頂きました。つまり年金申請に限らず、何か新たな支援を受けようとする場合は、成育歴をまとめる作業は必要になってくるのだと思います。
今回は、調査に協力頂いた方の経験をヒントに、記録の整理方法についていくつか提案をしたいと思います。この場をお借りして、ご協力下さいました皆様にお礼を申し上げます。今後も、皆様の貴重な体験を次に続く方々に役立てられるように活動していきたいと思っております。
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あしあと(人生ノート)の作成
みさかえの園総合発達医療福祉センターむつみの家
近藤達郎
私どもは平成20年から「みさかえの園総合発達医療福祉センターむつみの家」にて「総合発達外来」を開始しております。これまで、0歳から60歳代の約350名余りのダウン症者・ご家族がお出でになり、一緒により良い人生を目指して診療を行っています。私は小児科医ですが、来院される半数以上が成人のダウン症者です。
年齢が高い方々の問題点として大きく2つに分けられるように感じます。1つは医療的ケアの問題です。出生時や小児期に合併した疾患をいつまでフォローするのか、誰がするのかなどの成人期移行(トランジション)を検討しないといけませんし、成人期発症の肥満、生活習慣病やけいれん発作などの内科的問題や退行様症状など精神的日常生活能力的に新たに起こる問題も対応を考えないといけなくなりますことがあります。このように多くの診療科にまたがる状況をまとめる必要があると思っていました。もう1つは、生活そのものをどのように進めていくかの問題です。親元から巣立っていく状況において、これまで行ってきたことや対応の仕方など親の気持ちなどが反映されることはよりスムーズに生活状況の移行を考える上からも重要と思います。
上記についてなにかできることはないかと考えていた途中で、いろいろな思いが整理できる「人生ノート」があると良いのではと思いついたのが数年前です。愛する我が子が成人になった際の障害基礎年金など福祉的手続きがスムーズにいくための診療歴を含めた成育歴を整理できるように、また,グループホームや施設などに居住環境を移行し親元から離れる時期になった際に,これまでの経過や生活状況などを担当者に知ってもらい、幸せな生活ができることを目的としています。長崎大学小児科の土居美智子先生に大枠を考えていただき、その後、一通りの内容を作成した後、バンビの会の方々や福祉関係の方々に内容的に過不足がないかご検討いただき、長崎大学病院遺伝カウンセリング部の永井真理子様を中心にイラストや体裁をご検討いただきました。全体で40数ページになり、これをなるべく安価にするためにバンビの会にご尽力いただき、最終的に今年8月に第1版が完成しました。
これを手にする方々のお子様の年齢層は様々かも知れませんが、将来に向けて愛する我が子の足跡を残しておくことは重要ですし、同じ家族でも母親しか詳細が分からないという状況もありえるかも知れず、家族内の情報共有にも役に立つものと思っています。長くとりまとめて使用していただく目的で特記事項を幅広く書ける空間を設けております。小学校に上がる前,教育機関を終了する時期,グループホームや施設入所など親元から離れる時期などに記載していただけると幸いです。
本冊子を作成するにあたり、みさかえの園総合発達医療福祉センターむつみの家、長崎大学保健学科、長崎大学病院小児科・同遺伝カウンセリング部門、社会福祉法人たちばな会、日本ダウン症協会、長崎県内外のダウン症者を支えておられる方々にも貴重なご意見を賜りました。この場をお借りして御礼申し上げます。」必要に応じて改定することも検討したいと思いますので、是非ご意見を賜ります様お願い申し上げます。
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ダウン症者・児と内分泌代謝疾患
長崎大学小児科
伊達木澄人
今回、私は、ダウン症者・児に高率に合併する内分泌・代謝疾患、とくに甲状腺機能異常症にフォーカスをあててお話させていただきます。甲状腺機能異常症は、ダウン症患者の新生児期から成人期まで、どの世代でも高率に起こりうる内科的疾患です。甲状腺機能亢進症、低下症のいずれの場合もあります。
1.先天性甲状腺機能低下症
新生児期は、おもに新生児マススクリーニング検査で診断に至る先天性甲状腺機能低下症が問題となります。新生児期の無治療例では活気不良、哺乳不良、むくみ、腹部膨満、便秘、黄疸遷延、巨舌などの非特異的な症状を特徴とします。新生児期、乳児期の甲状腺機能低下は脳の発育に影響するため、早期診断治療が重要となります。しかし、ダウン症児の中にはスクリーニングで異常を指摘されず、たまたま検査で診断に至る例が存在します。そのためスクリーニングで異常を指摘されなくても定期的な甲状腺機能のチェックが必要です。
2.後天性甲状腺機能低下症(橋本病、萎縮性甲状腺炎)
甲状腺機能低下に伴う症状は活気不良、浮腫、便秘など非特異的であるため、診断までに時間を要する場合があります。多くは緩徐進行性で、自己抗体陽性の橋本病(慢性甲状腺炎)の病態と呈します。しかし一部には急激に甲状腺機能が荒廃する萎縮性甲状腺炎を発症します。この場合、成長期のお子様では身長の伸びが悪くなって診断にいたるケースがあります。中にはその元気のなさから、うつ病やダウン症に特徴的な成人期の退行と誤診されている例も存在します。
3.甲状腺機能亢進症(バセドウ病)
思春期前後から20歳前後に多く、一般的には甲状腺機能亢進症では、頸部腫大、動悸、頻脈、発汗過多、手の震え、落ち着きのなさ、体重減少、食欲亢進などの症状から診断に至ります。眼球突出も特徴的な所見です。しかしダウン症者・児では、これらの症状が出にくく、体重減少のみで気づかれることもあります。
以上のように、ダウン症者・児には、甲状腺機能異常があっても症状にあらわれにくいという特徴があります。無症状であっても定期的な甲状腺機能のチェックはダウン症者・児の健康管理のうえで必要不可欠です。その他のダウン症者・児で高率におこる内分泌代謝疾患に関しては、1型糖尿病、高尿酸血症、高脂血症などがあげられます。これらの合併症の早期診断、治療につなげることができる診療・受診体制の構築が望まれます。
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ダウン症児・者の留意すべき運動器疾患とその対処法
みさかえの園総合発達医療福祉センターむつみの家
二宮義和
<はじめに>
私に与えられたテーマは、ダウン症児・者の運動器の諸問題に関する事柄です。私はこれまで小児整形外科医の立場から、主として幼小児期の発達に遅れのある障害児に関わってきましたが、現在の職場に変わってからは成人となったダウン症の方々にも接する機会が増え、同時に新たな経験もするようになりました。この経験は、これまでの臨床が患者さんの将来の生活の質にまでは十分には踏み込んではいなかったと反省させるものでした。ほんの一握りの方々と接した経験をふまえて、ダウン症児・者の運動器の諸問題について述べさせて頂きます。
<内容要旨>
高齢者社会の到来が声高に言われるようになっています。医療の進歩は幸いにも様々な合併症を抱えたダウン症の方々の治療法も改善させ、その平均寿命は延びています。一方、健常者と言われている人々にとっても認知症や社会保障の問題を筆頭に長寿が良いことばかりでないことが明らかになってきており、同様にダウン症の加齢にも新たな問題が生じてきました。
日本整形外科学会では高齢化社会に対応するためにロコモティブシンドローム「ロコモ」という概念を導入し、同時に「ロコモ」に至る前段階として「運動器不安定症」という疾患概念を公開しました(2016年3月1日)。運動器不安定症には定義や診断基準と共に運動機能低下をきたす11の運動器疾患も記載されていますが、その中には圧迫骨折を含む脊柱変形・関節症・脊髄障害などの疾患や状態が記されています。一般人とダウン症児・者を同時に語るには無理があるように見えるかもしれませんが、例えば姿勢の問題を例に挙げると前傾姿勢は視力・脊柱起立筋・肥満を含む体型など様々な因子の影響を受けるのは誰にも言えることです。今回はこの「運動器不安定症」を念頭に置いて、ダウン症児・者の諸問題を述べていきます。また、成人となったダウン症の皆さんの生活の質を保つためには幼小時期ダウン症とどう関わるのが良いかという点についても考えてみたいと思います。
<謝辞>
今回の発表に協力して頂いたダウン症の皆さんとそのご家族、発表の機会を与えて頂いた長崎大学小児科学教室とその関係者の皆様、指導と情報提供して頂いた長崎県立こども医療福祉センター名誉所長川口幸義先生に感謝申し上げます。
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