第13回ダウン症候群トータル医療ケア・フォーラム

ご 挨 拶

例年と比べて長い梅雨の後、酷暑とも言うべき夏が到来しました。台風もいくつか日本に近づきました。体調など大丈夫でしたでしょうか?皆様におかれましては、大きな問題なく生活されていることとお慶び申し上げます。
平成18年より、年に1度、長崎大学小児科学教室とバンビの会(染色体障害児・者を支える会)の共催で、「ダウン症候群トータル医療ケア・フォーラム」を開催し、今回で13回を迎えることができました。いつも、本フォーラムに関し、開催場所のご提供や準備などに多大なご支援、ご協力をいただいております森内浩幸教授を始め長崎大学小児科の諸先生方及びスタッフの皆様には感謝申し上げます。また、これまで13年に渡り、実際にご来場いただきましたダウン症候群を持つ方々、そのご家族、関係する専門家の方々、及び地域社会の方々にも厚く御礼申し上げる次第です。
今回のテーマですが、「ダウン症候群を持つ方々の日常生活上の問題点」について取り上げることになりました。私は平成19年より、みさかえの園総合発達医療福祉センターむつみの家(福田雅文施設長)に就職し、約400名のダウン症者(半数が未成年、半数が成人)の診療にあたっています。バンビの会の会長を平成12年に拝命してからも19年になります。ダウン症候群については、ここ数年の間に様々な検討がなされています。心の健康についての対策も少しずつ進んできている印象がありますが、長年診療を行ってみて、これが最も重要なのかも知れないと強く思うようになってきました。ダウン症者本人の体調と家族の状況はその関連性が強いように感じます。そのため、本人もそうですがご家族の心身の健康維持も同じくらい重要です。家族の心身の状況が思わしくないと、本人はさらに体調を崩すことは当然あります。逆に本人の状況が良くなると家族の心身の状態も改善するようで、これが相乗効果を示すと思われます。今回は、小児科(内科)の立場から、未成年者に関してを森淳子先生、成人を近藤が、精神神経科の立場からは今村明先生が講演をされます。また、ダウン症者の認知機能を計る検査(チェックリスト)について高尾様にお話を伺います。
毎日の生活の中で、どのように接したら良いのか、どう考えて行けばよいのかなど悩むこともあるかと存じます。今回のフォーラムがその解決策を検討する一助になることを願っております。また今回は録画することを検討しています。本日お出でになれなかった方などにみていただけるように配慮したいと存じます。この件についてはバンビの会までお尋ねください。
今日のフォーラムが意義深いものになることを祈念して、ご挨拶とさせていただきます。

みさかえの園総合発達医療福祉センター診療部長
バンビの会会長
近藤達郎

プ ロ グ ラ ム

ごあいさつ                          長崎大学小児科  森内浩幸

第一部   13:00-14:05         司会:本山和徳 (みさかえの園あゆみの家)

13:05-13:35
未成年ダウン症児の不適応行動とその対策
みさかえの園むつみの家    森 淳子
13:35-14:05
成年ダウン症者の不適応行動とその対策
みさかえの園むつみの家   近藤達郎

休憩 14:05-14:20

第二部  14:20-15:30        司会:松本 正 (みさかえの園むつみの家)

14:20-14:45
ダウン症者のための認知評価尺度(日本語版CS-DS)の開発にむけて
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科保健学専攻 高尾真未
14:45-15:30
ダウン症者の精神的諸問題とその対策
長崎大学精神神経科   今村 明

休憩 15:30-15:50

第三部   15:50-16:30          司会:森内浩幸 (長崎大学小児科)

総合討論 (森 淳子、近藤達郎、森藤香奈子、今村 明、本山和徳)

 

未成年ダウン症児の不適応行動とその対策

みさかえの園むつみの家   森 淳子

一般的にダウン症児は「愛嬌がある」「陽気」「社交的」と言われている。しかし、一方で「頑固で人の言うことを聞かない」「こだわりが強い」などの行動特性も一部の児に見られ、自閉スペクトラム症に似た症状を呈する児も存在する。また、加齢によりこのような傾向が増加するという調査もある。自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如多動症(ADHD)のような神経発達症の合併は正常児より高頻度に認められ、ダウン症は症候性自閉スペクトラムの原因疾患の一つ(Neurodevelopmental genetic disorder)とされている。
学童期(小学生~中学生)のダウン症児における発達上の特性(特にこだわり・かんしゃくなど)はしばしば家庭と学校の対応が違うことによりさらに行動を悪化させることがあり、当センターの総合発達外来においても保護者よりこのような相談があることも少なくない。ダウン症児の行動特性について検討し共通理解を深めることは重要と考える。
異常行動チェックリスト日本語版(ABC-J)は知的障害者の異常行動に対する評価尺度で、2006年に翻訳・標準化されている。今回、当センター外来を受診しているダウン症児のご家族およびバンビの会会員の皆様のご協力を得てアンケートおよびABC-Jによる評価を実施した。
アンケートは学校と家庭で行動が違うかどうか、年齢で困り感が変化してきたかなどの質問に回答していただいており、不適応行動の背景についても考察できればと考えている。
また、このような行動特性(≒不適応行動≒問題行動)への対策として、①神経生理的アプローチ(主に薬物治療について)、②心理的アプローチ(主に応用行動分析について)、③社会的アプローチに分けて考えてみたい。特に①については神経発達症との違いなどについても言及できればと考える。
講演スライドはこちら⇒ 学童期におけるダウン症の行動特性 2

 

成年ダウン症者の不適応行動とその対策

みさかえの園むつみの家  近藤達郎

Down症候群(DS)をもつ人の平均寿命が60歳を超えるようになり、それに伴い成人期のケアに注目が集まるようになった。多くのDS者家族は、学校が終了し、職場が決定し、それにあわせて短期入所やグループホームを利用するというところまではイメージがつかれているかも知れない。その一方、親亡き後などについては漠然とした不安があるかも知れない。成人期になり、やっと一段落し、これからは平穏な日々が続くだろうとホッと胸をなでおろした矢先に、原因も良く分からず本人の言動、日常生活能力が非常に悪化する、いわゆる退行様症状が起こると本人のみならず家族、特に親は、壊滅的な精神的ショックを受けることは想像に難くない。
我々は「ダウン症候群における社会性に関連する能力の退行様症状」に直面した本人、家族に対し、主に、ダウン症候群の脳内神経伝達物質の過不足の立場から塩酸ドネペジル療法を含めた診療を長年行ってきた。この退行様症状は、4つに大別できそうである。最も多いのは、元気がない、表情が乏しくなる、動きが鈍くなる、言葉数(又は発語数)が少なくなる、家(部屋)から出ないなどいわゆる内向きの症状が中心の状況である。次に、不安が強いのか何かに怖がっているという行動が前面にたっているものもある。更にイライラ、パニック、大声を出す、対人的に表情が険しいなどいわゆる外向きの症状が中心の状況もある。それ以外に、行動のみが非常に遅くなるタイプもある。退行様症状の診断としては類似症状疾患を鑑別除外した上で、(1)動作緩慢、(2)乏しい表情、(3)会話・発語の減少、(4)対人関係において反応が乏しい、(5)興味消失、(6)閉じこもり、(7)睡眠障害、(8)食欲不振、(9)体重減少 の9項目の中で比較的短期間に該当項目数が5以上の場合を「確定」、2-4の場合を「疑い」、0-1項目の場合を「否定」としている。これについては、あくまで徴候からの基準で、その原因は雑多である可能性を留意する必要がある 症状的にはある程度共通のものがあり、もともとの知的障害に加え、退行様症状で精神的問題や表出の困難さが加わることで検査が難しくすることで病因の推定に支障をきたしている。我々が行った中学卒業以降の在宅、グループホーム/ケアホーム、施設におられるDS者を対象とした自然歴アンケート調査では、急激に日常生活能力の低下を示した方はおそらく6.4% 前後存在し、その発症年齢は10歳代、20歳代がほとんどであった。日本障害者歯科学会でのアンケート調査からは、ダウン症者のおそらく4-5%(我が国で3,000〜4,000名)存在することが示唆された。
我々は現在その症状などを参考にして、対策を練っている。これまでの長年の経験から、どうも薬物療法が効を奏する場合と環境調整など本人の心の折り合いをつけることで状態が改善する場合があるようである。臨床的には上記の診断基準にいずれも当てはまり(つまり表に出ている徴候に大きな差異はなさそう)、区別が今のところつけることが難しい。薬物療法を行っている場合であっても、その薬物が該当神経伝達物質の改善という直接的な効果を認めるものと、薬物を服用しているという行為が本人の心の折り合いをつけることで効果を示していることがありえそうである。
検査などの限界から病態を正確に理解できるまでには至っていないと思われるが、今後、更に知見が積まれ、この状況をなるべく早く克服でき、また、本来の溌剌さがもどってくれることが期待される。
講演スライドはこちら⇒2. 近藤 達郎先生

 

ダウン症者のための認知評価尺度(日本語版CS-DS)の開発にむけて

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科保健学専攻 高尾真未

日本においてダウン症のある人は約600人に1人とされ,平均寿命は60歳程度といわれている。加齢による認知機能の低下や認知症,退行様症状など比較的短期間に認知機能が変化するということが指摘されている。ダウン症のある人の知的発達は個人差が大きいため,既存の評価ツールでは正確に認知機能を評価できない場合もある。私たちはダウン症のある人のための認知機能を継時的にかつ簡単に評価できるツールが必要であると考えた。
ダウン症のある人を日常的に介護している方は知的重症度,年齢,合併症の有無に関わらず,日常の細やかな観察から多くの情報をもっている。この情報を活用した認知機能の評価が注目されている。今回,私たちは2015年にイギリスで開発されたダウン症のある人に特化した認知機能の情報評価尺度であるThe Cognitive Scale for Down Syndrome(CS-DS)に着目し,日本語版CS-DSの開発に取り組んだ。(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科保健学系倫理委員会 許可番号18091301-2)
CS-DSは実行機能36項目,記憶16項目,言語9項目の計61項目から構成されており,原版にそって日本語版CS-DSを作成した。この日本語版CS-DSを検証するために,ダウン症のある人1人につき、その人をよく知る介護している方2人を評価者として,6ヶ月あけて2回調査を行い,その結果を用いて評価者間評価,test-retest,外部尺度との相関の分析を行い信頼性と妥当性の検証を行う。
1回目の調査は315名に対して日本語版CS-DSを発送し,返信は148名分(回収率47%)であった。原版にそって16歳以上の93名分(男性50名,女性43名)の分析を行った。平均年齢は29歳であり,最高齢は61歳であった。
評価者は母,父,施設職員の順に多く,ダウン症のある人の年齢が高齢であるほど施設職員による回答が多いという結果であった。
1回目に返信があった148名のダウン症のある人に, 6か月あけて2回目の質問紙の発送を行った。2回目の返信は91名分(回収率55%)であり、そのうち16歳以上の64名分(男性33名,女性31名)の分析を行った。
評価者間評価は2人それぞれで評価しても、同様の結果になることを確かめる分析である。評価者間評価ではすべての項目において有意な差はなかった。信頼性を表すcronbachのα係数は実行機能0.723,記憶0.710,言語0.827,総得点0.761という高い値を示していた。
発表では2回目の分析結果も合わせて報告する。

 

 

ダウン症者の精神的諸問題とその対策

長崎大学精神神経科   今村 明

ダウン症候群は、精神医学的には、ほぼすべてが「精神遅滞」を伴う状態と考えられるが、近年、 精神遅滞の診断やその邦訳が大きな変化を遂げている。米国精神医学会の診断基準であるDSM-5では、精神遅滞に該当する診断名は「知的能力障害」とされ、世界保健機関(WHO)の診断基準であるICD-11では、「disorders of intellectual development(知的発達症と訳される可能性が高い」と記述されている。DSM-5もICD-11も、知的機能とともに適応機能(概念的・社会的・実用的の3領域)も検討し、その重症度を総合的に評価するようになっている。そのため今後ダウン症者の重症度を判定する際には、知能検査だけではなく、日常生活の状況や行動上の問題などの適応機能の評価も行うことが求められるようになってきている。
ダウン症者は、日常生活上では、睡眠、食事、運動等にそれぞれ身体的要因による問題がみられる場合がある。睡眠に関しては、幼少時から生来の気道の狭窄や咽頭の筋緊張低下による閉塞性の睡眠時無呼吸がみられ、成長すると肥満によってこれが助長される場合がある。また無呼吸との関連は不明だが、睡眠リズムの著しい乱れが生じるケースも散見される。食生活に関しては、腹部の筋力の弱さや歯科的な問題、または食べるのが早く量が増える傾向などから、拒食や過食がみられる場合がある。運動面に関しては、低緊張、筋力の弱さ、間節の可動域の過剰な柔軟性などが影響して、移動についての問題が生じる場合がある。このような身体的な要因による日常生活上の困難さが、メンタルヘルスの問題に結びつくことも考えられる。
また近年、ダウン症候群と他の精神医学的病態との併存が話題となっている。DSM-5では、自閉スペクトラム症と関連する可能性のある遺伝学的疾患の例として、レット症候群、脆弱X症候群とともにダウン症候群が挙げられている。ICD-11では、認知症の項目の中に、「ダウン症候群による認知症」という項目が挙げられ、アミロイド前駆体タンパク質(APP)と21番染色体との関連が記述され、アルツハイマー病との関連が示されている。このようにダウン症候群と自閉スペクトラム症の併存や、ダウン症候群による知的能力障害から認知症の状態へ進行するケースの存在も、徐々に認識されるようになってきている。それに伴い、これまでみられていた行動上の問題が、これらの併存障害によって引き起こされている可能性も想定すべき状況となっている。例えば自閉スペクトラム症であれば、変化に弱くパニックになりやすい傾向、認知症であれば、できていたことができなくなったことへの怒りや悲しみなどが、行動上の問題の背景に存在する場合がある。
このように診断概念の変遷を理解し、日常生活や行動上の問題についての精神医学的な機序の検討を行うことが、ダウン症候群の適切な支援プラン策定に必要となってきている。当日は「強度行動障害」についての考え方にも触れ、その対策についても述べる予定である。
講演スライドはこちら⇒ダウン症2019 HP用