平成27年度バンビの会療育相談会 in 五島

今回、ダウン症候群の最新の知見と、巡回療育相談の現状を中心にお話させていただきます。本内容がお出でになられた皆様の今後に何らかのお役にたつことを願っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

尚、本療育相談会を行うにあたり、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科社会医療科学講座地域医療学分野教授 前田隆浩先生にご尽力をいただきました。また、共催、後援をご快諾いただいた皆様におかれましても本当に有り難うございます。

【 ダウン症候群の現状と問題点】

みさかえの園総合発達医療福祉センターむつみの家

診療部長 近藤達郎

 

はじめに

ダウン症候群(DS)は1866年に初めて報告された染色体異常症の中でも多いものの1つです。現在、細胞遺伝、分子遺伝の発展やiPS細胞やモデルマウスを用いた検討など基礎的な研究も大幅に進んでいます。また、医学の進歩などによりDSをもつ人々の平均寿命も60歳を超えるようになり、充実した人生を送るに当たり医療、福祉、療育、教育、就労などの支援体制をその連携を含めて考慮していく必要があります。今回、時間的な問題もあり、参考資料として「出生から老齢になるまでの時系列に沿ったDSを持つ方々の考慮すべき点」を提示させていただき、実際の講演では長崎で行った(っている)ダウン症候群に関しての様々な検討の概要をご説明させていただきます。

 

先ずは、出生から老齢になるまでの時系列に沿ったDSを持つ方々の考慮すべき点を概説します。

出生前の問題:

  • 出生前の問題は妊娠前と妊娠中に大別できます。妊娠前としては身近にDSの方の存在や高齢などで心に引っかかりができる場合があります。きょうだいにDSの方がおられた場合には、本人が染色体に異常がなければ遺伝的荷重はないとされています。これらの場合には希望により遺伝カウンセリングがなされる場合もあります。妊娠中としては、胎児エコー検査で DSの可能性を探るような検討がなされています。妊娠15週前後に妊婦の血清で検査をするトリプルマーカー検査がダウン症候群の可能性を調べるものとして臨床の現場で利用されることもあります。更に最近は、非侵襲的出生前診断(NIPT)が限定された病院などで試みられています。これらは羊水検査などと異なり確定診断としては成立しえない点を考慮しなければならないとともに、生命倫理的観点から診断後の方向性などをよく検討する必要があります。わが国では母体保護法などにおいて胎児に異常があるという理由で人工妊娠中絶を認めるという胎児条項についての記載がないため、人工妊娠中絶については法的、生命倫理的、医学的問題などが入り交じり状況を複雑にしています。時期的に人工妊娠中絶が認められない妊娠22週0日以降に胎児の染色体異常が確定した場合には、出産をより安全に行ったり、児が出生後どのような医療的ケアが必要かを推定したりすることに役立つということがある一方、出産までの妊婦の精神的ケア等をどのようにしていったら良いかなど苦慮するべきところも多いと思われます。
  • 出生前診断については、例えばDSをもった方々やその家族が生活するに当たりどのような問題点があるのかやその解決法など人生全体と深く関係するものであり、この出生前領域のみを切り話して検討することには限界があるのではないかと思っています。

出生時の問題:

  • この段階で大きな身体的合併症などがあると医療的ケアを小児科医が担当することが多くなります。この初期段階で、児の異常を的確に診断し適切な対処を行うことは重要ですが、その一方、両親にどの様に説明し、染色体検査を行っていくかは頭を悩ませることも少なくありません。染色体検査施行後結果がでるまでの時間は通常2-3週間かかりますが、多くの方がこの期間が「辛かった・やや辛かった」と答えています。ご家族は染色体検査の説明が告知と思われている方も少なくないし、何十年経った後でも、この告知の状況を覚えている家族がたくさんいることも確かです。染色体検査を実施後、結果が出たら速やかにご両親にその結果を伝え、今後のこと等を遺伝専門医などと伴に考えていくことが重要と思われます。現在では染色体検査を行う前に遺伝カウンセリングを行い、結果が出てから再度遺伝カウンセリングを行うことが推奨されています。家族会の存在を教えることも意義深いと思われます。また、この頃にいろんな福祉的手続き(特別児童扶養手当、障害児福祉手当、療育手帳、身体障害者手帳、受給者証)に該当するかどうか等を検討する必要があります。多くのDS児は学資保険や健康保険に入れないことも少なくなく、この辺りの環境整備も重要と思われます。家族にとっての問題は、上記のことを含めてトータルで情報を知る術があまりないことだと思われます。また、患児の先天性心疾患などの合併症が重篤で手術などの侵襲がかかる治療が必要で、かつ、その治療そのものに危険性が非常に高いこともあります。手術などには親の同意が不可欠ですが、どうしていくのが患者・家族にとって最良かの検討及びその対処に苦慮する場合があります。
  • 乳児期、幼児期:療育や福祉的手続きなどの情報を両親に渡すのと同時に特に母親の精神的ケアを含めて気を配る必要があります。早期療育はその必要性が言われている一方、具体的な方法などについては地域によって差があります。粗大運動の発達を促す理学療法から開始し、その後作業療法、言語聴覚療法に移行することも多いです。また、赤ちゃん体操を早期から開始しているところもあります。心臓病などの先天性疾患で医療的ケアが厳格なDS児は先ずは医療を優先し、ベッド上等で負荷があまりかからない形での療育を考える必要があります。保育園、幼稚園の問題もありますが、最近は受け入れるところが比較的多いです。同じ学年にするか、下の学年にするかなどで園との話し合いがあるところもありますが、集団療育の上からも意義深いことがあります。ただ、この時期になると多くの子どもと接する機会が増えることから中耳炎を含む種々の感染症に罹患する危険性も高まるので医療との連携を密にする必要が出てきます。就学前の年になると、教育委員会との話し合いなどから小学校が選択されます。

小学校:

  • 小学校としては普通学級、特別支援学級と特別支援学校に大別されます。医療的程度が強い場合には訪問教育や院内教育もあります。学校の選択は教育委員会との相談会の他、家族会からの情報も大切になることがあります。長崎県でのアンケート調査では、2003年には普通学級、特別支援学級、特別支援学校が大体同程度でしたが、特別支援教育制度がはじまった以降は特別支援学級や特別支援学校を選ぶことが多くなってきています。大人になって困らない様に、はつらつとした人生を歩んで行くために小学校教育を選択するという観点が必要です。この頃から、体も大分強くなり病院にいく必要がある回数が減ってきます。

中学校:

  • 中学校になると職場見学や職業訓練等がある特別支援学級や特別支援学校へ行くDS児がさらに多くなってきます。高校を考えた場合には、高等部まである特別支援学校中学部に行くことを考慮する両親も少なくありません。中学を卒業すると社会に出ていくという選択肢もあります。この時期になるとプライベートゾーンのことなど性教育についても考慮がなされます。

高等部:

  • 大学や専門学校などに進学する者もいますが、ここで教育が終了を迎えることが多いです。その後のことについて検討する必要があります。特別支援学校では在学中に職場体験などを行い、将来の準備を行います。生活介護施設を選択する場合には18歳の誕生日前後に行われる障害者総合支援法障害支援区分申請が必要です。性の問題も出てくることがありますが、非常にデリケートで、しかも、確立した考え方もなく相談場所もはっきりしないという問題点があります。

成人期:

  • 就労や日常生活をどのように送るべきかが重要になります。その中途で身体的・精神的な問題により頓挫することもありえます。小学校位から体が強くなることもあり、多くの方が病院には発熱など何か症状が出た時にかかる程度になっています。また、家族会などで情報共有をしていた方が、成長が順調であればある程安心して、この時期に脱会されている場合も少なくありません。その場合には、新たに何か問題が生じた際にどこに相談したら良いのかが分からず、本人も両親も壊滅的打撃を受けることもあります。医療サイドもトランジションの問題が現在解決していると言い難く混沌としています。この時期からがDSをもつ人にとって、システムが整っていない最も大きな問題が残っていると思われます。障害の程度によっては障害者基礎年金申請などの福祉的手続きも必要な場合があります。また、家族や家族の健康状況などによっては、短期入所などの福祉制度を利用することも少なくありません。

熟年期、老齢期:

  • 早い人では成人期からも関係しますが、両親の体調や本人のQOL(日常生活の質)の状況などで新たな生活の場を模索する必要が出てきます。我々のアンケート調査では、30-34歳のDSをもつ方々の住まいが自宅と施設でほぼ同数でした。先天性または小児期に障害のある方の将来設計を考慮する場合、老齢の認知症の方などと異なる所は、主導的にその方々の生活を考える方の世代の差があると思われます。例えばアルツハイマー型認知症になった老齢の方の今後を考えるのは、きょうだい等の同世代か子どもなどの下の世代が多いですが、先天性または小児期発症の障害者のことを考えるのは両親等の上の世代かきょうだいなどの同世代が多く、これが問題を深刻にしています。社会全体で彼らを守るということは総論的には至極当然のように思えますが、そこにも根底において必ずしも積極的でない状況も見え隠れします。「DS者自身は悪くないし、その両親が悪い訳ではない。誰も悪くないのであるから社会全体として考えていく必要がある」という考え方は、納得させられるものかも知れませんが、その一方、地域社会の人達の中には「自分たちとは少し距離がある」様に感じている人が少なくないのかもしれません。テレビ等で障害者等が頑張っている姿をみると、感動したり、応援したりする気持ちは多くの方々が持つかもしれませんが、現実的にどこまでその方々のために実践できるかということについては意見が分かれると思われます。ただ、今後、このような問題を皆で考える環境をどう構築していったら良いかを考える必要があります。社会との共生は、何も経済的な支援といった目に見えるものだけではなく、隣人と仲良くする、隣人が困っていたら手助けできることは手を差し伸べるといった、目に見えにくいものが極めて重要と思われます。先ずは地域社会へのDSをもつ方々の現状の周知から始まるのかも知れません。併せて、加齢などに伴う医療的ケアの必要性も再度高まってきます。この場合にも、どの医療機関を選択するかなどで頭を悩ますことも少なくありません。更に、終の棲家と思っていたグループホームでの生活も、本人の健康状況や支援内容の高度化によっては次の生活場所を検討する必要が出てくることもあります。

ダウン症候群トータル医療ケア・フォーラムについて:

  • DSをもつ児・者は多くの診療科にまたがって合併症を有することが多いですが、その全般を一元的に理解できる場はほとんどないし、小児期から成人期になるにつれ小児科医から内科医など専門的に診れる医師が移行していくトランジションの問題も存在します。また、医療関係者についてもDSの全貌を見渡した上での個々の対応をするというイメージがわきづらいこともあり得ます。医療関係者とDSをもつ方々及びその家族との相互理解の意味でも、年に1度、長崎大学医学部小児科とバンビの会(染色体障害児・者を支える会)共催でダウン症候群トータル医療ケア・フォーラムを平成18年より行っています。200名以上のDSをもつ方やその家族、及びDS者と関係する方々が参加し、現在も継続しており、長崎県においてそのネットワークを考える意味でも重要と思っています。

きょうだいの問題:

  • DS児・者が生まれてくることは決して悪いことでも負でもないと多くの方が思っているし、親にとってはかわいい我が子で、きょうだいにとってはきょうだい以外の何ものでもありません。ところが実際には、その子・その方がおられることで生活スタイルや様々な考え方を変更せざるを得ないこともあります。しかも成長するにつれ、我が子である愛するDSをもつ子供のことを考えるあまり、同じ我が子であるきょうだいが就職する時や結婚する時などに付帯的な影響を与えることもあり得るかも知れません。きょうだいにDSのことを話すのは、DSを持った子が小学校に上がる時など何かのターニングポイントの時が多いようです。始めから、きょうだい、祖父母や親戚などに話をする場合もあるし、なかなか言い出せないと言う方もいます。後者の方々において、時間の経過が味方をしてくれることもあります。慌てずに少し時間をかけて、我が家ではどうすべきかということを考えても良いかもしれません。実際に診療にあたると、きょうだいの将来の職業は、特殊教育、福祉、医療などDSをもつきょうだいに関係する領域を選んでいる場合を多くみかけます。
  • きょうだいの関係において、親が健在な時と親亡き後とでは、その考えも当然変化してくることも予測されます。しかし、そのことを正面から考えること、話し合うことは簡単ではないこともあります。DSをもつ方のご家族の中には、お子様がDS者一人しかおられない所もあります。親亡き後のことを考えるにあたり、後見人のこと、施設を含めての福祉政策の現状などの情報も必要なため、これらを専門的にされている人から情報提供を受けることも必要です。

今回の講演

今回は、成人ダウン症者の文献と我々が行ったアンケート調査、ダウン症候群と排尿障害、塩酸ドネペジル療法などについてスライドを用いて説明させていただきます。現在でもまだまだ不明のことがたくさんあります。これらを一つずつ明確にすることは重要と思い、検討を重ねてます。今回の内容を共有していただき、今後の生活において何かの役に立てていただけければと願っております。

最後に

DSの存在が知られてから150年程度経ちますが、まだまだ分からない点が多々あります。DSを持つ人々を取り巻く環境がより良いものになれば、他のハンディを負われている方にとっても同様のプロセスを踏むことにより、より良くなる可能性もあります。折角授かった命が、元気に、健やかであれば出生前診断のあり方や考え方にも影響を与えるかもしれません。道徳高い地域社会の形成が進められるために我々がそれぞれの立場で何ができるのかを考える上で本稿が参考になれば幸いです。

 

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 【巡回療育相談と発達症】

長崎県立こども医療福祉センター

副センター長 (小児科) 本山和徳

 

こども医療福祉センターは、昭和29年12月1日に肢体不自由児施設(整肢療育園)として開設されました。

各都道府県に肢体不自由児施設が設置された昭和38年に先駆けて長崎県に、いち早く設置されたことになります。そして翌年の30年11月24日から30日には、五島列島の巡回療育相談が開始されています。平成13年4月1日には、発足当初から活躍されていた整形外科医に小児科医、長崎県療育指導センター療育スタッフが加わり、「長崎県立こども医療福祉センター」と名称を変更して、肢体不自由児から発達障害(発達症)、小児心身症を含めた幅広い医療、療育体制を整えました。同年、センターに地域療育班が新設され、巡回療育相談は「訪問による支援」のなかでも最も大きな規模として位置づけられ、県立保健所や市町保健センターと連携しながら、センターの医師(整形外科医、小児科医)、療法士(理学、言語、作業)、心理士、保健師による班を編成して各保健所管内を巡回や家庭訪問により療育相談を行っています。

私自身、平成17年4月にセンターに赴任した同年より早速、巡回療育相談にて壱岐に赴きました。当時は整形外科医と小児科医の合同チームで、バンビの会の前会長であり、第8代園長の川口幸義先生と御一緒させていただきました。私の前では泣いた子どもが、丁寧で熱心な川口先生の前で笑顔を見せた時、思わず小児科医としての自分の実力のなさを思い知ったと同時に川口先生のすごさを感じずにおれませんでした。不慣れも手伝って、相談が終了したのが22時を過ぎていたことがなつかしく思い出されます。

今回、バンビの会会長 近藤達郎先生のお勧めで、『平成27年度バンビの会療育相談会in五島』において、巡回療育相談についてお話をすることになりました。対馬、壱岐、平戸、松浦、上五島、そして五島のこれまでの巡回療育相談に関わってきたことを踏まえ、発達症(発達障害)を主として発達課題のある子どもさんの支援、そして地域で生活することに教えられたことなど、五島地区での経験を中心にお話しさせていただきたいと思います。

 

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